※R-18です。背後要注意!
~ 月に花火 ~おまけ
日向選手の初恋は。
「小学生の時ですかね。5年生くらいだったと思います」
相手はどんな子だったんですか?
「学校の同級生で、普通に友達として仲良くはしてましたけど・・・」
気が付いたら、という感じですか?
「いえ、地元の夏祭りの日に見かけて。その時に、ああ、綺麗だな・・・と」
見惚れた訳ですね。
「ですね(笑)」
男の子は、やっぱり女の子の浴衣姿に弱いものなんですね。
「浴衣・・・。まあ、そうですね。やっぱり、いつもと違う恰好をしていたりすると、見てしまいますよね」
髪もアップにして飾ってたりすると、ドキっとしたりして。
「アップ・・・。そういえば結んでいましたね。後ろで」
その後、その子とはどうなったんですか?
「その日、一緒に花火を見ましたね。小学生なんで、それ以上に何がある訳じゃなかったですけど・・・楽しかったのは覚えています」
花火まで!男の子らしく、エスコートしたんですね。
「いえ。そうではなかったですね。自分がそこのお祭りが初めてであまり詳しくなくて。むしろ引っ張られたっていうか、案内して貰ったっていうか」
積極的な女の子だったんですね。それ以降も交友は続いたんですか?
「中学からはスカウトされて私立の東邦学園に入ったので、地元を離れたんですよね。しかも東邦って男子校で。自分は寮に入ったし、以降は女の子との出会いも無かったですね。そのかわり学園内の友人たちとは楽しくやってました。寮ではずっと若島津選手(現名古屋グランパス所属)と一緒の部屋でした。・・・うん、そうですね。彼とは小学生から今までの付き合いですね。ずっと続いています」
******
キッチンからマグカップを両手に持った日向が、コーヒーのいい香りをさせながら近づいてきた。リビングのテーブルの上、若島津の前にブラックの片方を置き、もう片方のミルクたっぷりのカフェラテをその傍に置く。それから若島津の隣に座り、先ほどから友人が手にしていた雑誌を横から覗き込んだ。それは最近出た女性向けの雑誌で、『イケメンアスリート特集』といったものが組まれて日向がインタビューを受けたものだった。
「俺だね」
「お前だよ」
雑誌から顔を上げた若島津が、悪戯っぽく微笑む。日向も負けじと悪そうな笑みを浮かべた。
「適当に答えちゃって」
「嘘はついてねえだろ」
「インタビュアーが都合よく解釈してくれるから、あんたも面白かったんでしょう。でも、明和の人間の一部にはバレバレだよ?これ」
「明和の人間じゃなくても、バレバレかもしれないけどな」
言って、日向は思いだした。そういえば反町から『ずるい!若島津だけ!俺も日向さんと一緒に花火みたい!』とメールが来ていた。
「それより何なの?この特集」
『抱かれたいカラダ』だの『筋肉だけじゃない、極上の男たち』だの、若島津でなくとも「何なの、これ」と聞きたくなるようなコピーがその雑誌の表紙には並んでいる。
「よく知らねえけど、香さんが持ってきた仕事。その雑誌、たまに男のアスリートを呼ぶらしいんだけど、裸の写真を撮られるのと、服を着て女子の好きそうな質問を幾つか受けるのとどっちがいいか、って聞かれた」
「裸って、フルヌード?」
「さすがにそれはねえだろ。俺は楽な方でいい、って答えたんだけど、結局香さんが決めたんだ。『まだその時期じゃない』とか言ってさ。・・・なんか俺、『その時期』ってのが怖えんだけど」
「写真集第2弾でも考えてるのかもね。売れそうなタイミングで、出すんでしょう。ワールドカップ本戦の後とか」
あの人らしい、と若島津は思う。本当に写真集を出すのであれば、彼女なら日向にとって最もいい時期を見計らって出すだろう。その点は任せておいて心配はない。
小学生だったあの夏の日、全国大会の決戦の場で「勝った方を学園にスカウトする」と宣言した東邦の女性スカウトマンは、最終的には敗者となった日向を選んだ。その日向を追って若島津も東邦に入った訳だが、いつだったか松本に尋ねたことがある。どうして日向を選んだのか、と。
答えは端的なものだった。「大空くんよりも日向くんの方が、この学園への入学志望者を増やしてくれそうだからよ」と彼女は何でもないことのように答えた。もしこの先、日向小次郎が大空翼に勝てないとしても、彼をスカウトしたことを後悔するようなことにはならないだろう、とも言っていた。
「よりいい成績を収めた方が知名度は上がるでしょうよ。でも、知られるだけでは意味がないの。この人を応援したい、この人のいる学園に進みたい・・・そう思わせてくれるような子でなくてはね」との言葉は、日向を追ってきた身としては至極納得できるものだった。
若島津は手にした雑誌に再び目を落とす。写真に収まった日向は、白いシャツに細身の黒のパンツといったシンプルな恰好で、他に身を飾るものといえば時計と首から下げたペンダントくらいだった。服はこれといった自己主張のないデザインだが、それが却って日向の端正な顔立ちと均整のとれた体つきを引き立たせている。胸元に覗くアクセサリーも、小麦色の肌によく映えていた。
今やセリエAのビッグクラブでプレイする日向は、フットボーラーとして人気も知名度も既に確固たるものとしているが、それとは別のところでファッション業界から熱い視線を受けている。
こうして写真一枚とっても、独特のオーラのようなものが日向にはあるのだ。見た目がいいだけの人間なら世の中幾らでもいるが、それに加えてセックスアピールがあって人の目を惹き、かつ清潔感のある人はそうはいないだろうと、若島津にしても頷ける話だった。
雑誌のページをめくると、様々な角度から撮った日向がいた。そのうちの一枚はソファに座って前かがみになっている姿を捉えたもので、ペンダントの造形もはっきりと判別できる。これはスタイリストが用意したものではなく、日向の自前で、若島津がその昔に贈ったものだ。有名なアクセサリーブランドのものであるから、まだ取り扱っているのなら手に入れるのは難しくないだろう。
若島津は隣に座る日向に手を伸ばして、その首に掛けられた鎖を手繰った。シャラ、と音を立てたチェーンの先についているのは盾と剣をモチーフにしたチャームで、写真に映っているものと同じだ。盾の面にオニキスがはめ込まれていて、その黒の光沢が日向によく似合うと思って選んだのを覚えている。
「普段もつけてくれてるんだ・・・」
「逆だ。普段じゃなきゃ、つけられないんだ」
サッカーの試合をしている時にはそんなものはつけられない。大事なものだからこそ、こうした普段にしか使えないんだと日向は主張した。
日向にそれを贈ったのは、彼がイタリアに渡る直前だった。若島津はそのペンダントを『早めの誕生日プレゼントと餞別を兼ねて』という理由をつけて渡した。正直、アクセサリーなど日向はつけてくれないだろうから、日の目を見ることも無いのだろうと思っていた。それでもいいから、単純に贈りたかった。遠く離れてしまう日向に、何でもいいから自分と繋がるものを持っていて欲しかったのだ。
そんなことを告げたなら小ぶりなアクセサリーも重くなってしまうから、言葉にはしなかったけれど。
だが日向は若島津の予想以上に喜んでくれた。
いいのか?これ、本当に貰っても?
嬉しそうに笑う顔が、愛おしいと思った。抱き締めたくなった。
これ、盾と剣だな。それが組み合わさっている。・・・お前と俺みたいだ。
なんて可愛らしいことを言ってくれるのだろうと、泣きたくなった。見上げてくる日向の目が優しくて、それ以上視線を合わせていられなくてキスをした。そこは当時フリューゲルス時代に若島津が借りていた部屋の中で、真っ赤に染まった夕陽が窓から低く差し込んでいた。目が赤くなっていても、誤魔化せることを期待した。
そのまま日向に触れて、触れられて、何度も抱き合って求めあった。離れなければならないことが受け入れがたくて、幾度でも繋がろうとした。『もう無理』と言ってとうとう泣き出した日向を解放してやれなかったことも、今では笑って振り返られる思い出になったけれども。
若島津は指先でペンダントのフォルムをそっとなぞる。
「あんたももう、こういうアクセサリーよりもハイジュエリーの方が似合う立場の人間だよね。もう少し、いいものを贈りたいな」
「ハイ・・?何だって?」
「ジュエリーだよ。宝石。こういうのも似合うけど、そろそろいいものを持っていても、いいんじゃない?」
日向がジュエリーを自分のために買いに行くことなど無いだろう。だが誰かが買ってやるのだとすれば、それは自分以外であってはならない筈だ。
「いらねえよ。俺はこれが気にいってるんだ。・・・こういうの・・・ネックレスとか貰うの、初めてだったんだから」
「だからもっといいものを・・・」
「これは、ただのモノじゃねえだろ?・・・お前があの日、半べそかきながら俺にくれたんだ。その時の思い出も記憶も全部込みで、俺の宝物だ。だから他のものなんかいらない」
「・・・半べそなんて、かいてないけど。涙目だったのは、あんたの方だよ」
「いーや。お前の方だ」
本気で言い合っている訳ではない。その証拠に日向はクスクスと笑っているし、若島津も穏やかな笑みを浮かべている。
甘えるように凭れかかってくる肩を抑えて、若島津は未だ笑いの収まらない日向の顔を上向かせるとその唇に口づけた。始めは戯れるように。徐々に深く、いつだって欲しくて堪らないのだということを知らしめるように。
「・・・ん、・・はぁ・・」
顔を離すと、目を潤ませて頬を紅潮させた日向が上目づかいで視線を寄越す。それが目の前の男にどう作用するかなんて、考えたこともないのだろう。知って誘えるような日向ではないのだから。
「半べそかいていた、っていうことにしておいてもいいよ。今よりも純真だった頃の俺を、いつまでもそこに閉じ込めておいてよ。その代わり・・・」
「その代わり?」
「今の俺のことも、新たに刻みこんで。これに」
若島津は日向の首にかかる鎖を軽く引き、妖艶に微笑んだ。
「・・・痛い・・?日向さん。もう大丈夫そう?」
「・・・い・・たくない・・っ、けど、ちょっと・・・待て・・って・・・っ、・・あっ」
もう少ししたら、慣れるから・・・日向はそう言って大きく息を吐いた。横になった若島津の上に乗って、その身の中に男を受け入れている最中だった。
「辛かったら、いいよ。横になって。いつものように俺がやるから」
「・・う、るせ・・っ。黙って待ってろ・・っ」
「無理しなくていいよ」
「・・無理、じゃ、ない・・から・・っ。ん、・・・んあッ」
「・・・ん。ぜんぶ入ったね。・・・動ける?」
「はあ・・っ。・・・や、まだ・・ちょっとま・・あっ!」
ゆさ、と下から若島津が揺さぶると、日向は声を上げた。健康的に陽に焼けた肢体が艶めかしく踊るように揺れるのを、若島津は目を細めて眺めた。
「すげえイイ眺め」
「・・・ばかやろ・・っ」
日向は裸にペンダント1つを身に着けていた。若島津がその恰好で、と言ったのだ。「服は全部脱いで。ネックレスはそのままで。絶対、マッパよりもやらしくてイイから」と。
恥かしがりながらも承諾した日向に、今日は上に乗って、ともお願いした。その方がよく見えるから、と。それにも日向は顔を赤くしながらも小さく頷いた。
「自分で動いてみて。日向さん」
ぎこちなく身体を上下させ始めた日向の胸で、件のチャームが揺れる。想像した以上に淫靡な眺めだった。
「ん・・んっ」
「気持ちよくなってきた?・・・日向さん、すごくエロくて、色っぽいね。・・・ね。泣きべその俺だけじゃなくて、あんたを抱いてる俺のことも思い出せるようになって」
「あぅ・・ん、ふあ、あ、んっ」
「好きだよ。・・・ずっと前から、あんだだけ。・・・あ、・・・俺も、すごく、気持ちいい・・」
日向の身体が慣れて柔らかく蕩けていくにつれて、若島津の得られる快感も強いものになっていく。そうなればなったで思うように動きたくなり、日向に「このままがいいか」と問うてみれば、「好きなようにしろよ」と返ってきた。
日向を身体の上から降ろしてベッドに仰向けに寝せると、その上に覆い被さる。顔中にキスを落として項や耳の後ろの柔らかい場所を愛撫すれば、日向の身体が細かく震えた。
「やっぱ、こっちの方がいいね。こうやって肌を合わせるのが気持ちいいんだ」
「ンンッ!あ、あッ、あ、や、わか、」
抱き込んで胸を密着させるような恰好で腰を進めると、日向から切羽詰ったような声が上がる。
「日向さんも、もっと気持ちよくなって。・・・もっと俺にしがみついて」
律動を速めると、日向が身体を仰け反らせて逃げようとする。露わになったその首を吸いながら、若島津は背筋を駆け抜ける強烈な快感に目を瞑った。
「・・・お前、いつまで日本にいるつもりなんだよ」
ベッドにうつ伏せになった日向が、隣で仰臥する若島津に尋ねる。その呼吸は落ち着いていたが、背中の汗はまだひかず、濡れたように光っているのが艶めかしかった。
「条件さえ合えば、すぐにでも行くよ」
先のオリンピックでもワールドカップの予選でも、若島津はGKとして登録しながらFWとしても試合に出場した。攻守ともに活躍してチームの勝利に貢献したことが海外でも高い評価を受け、それ以来、幾つか海外クラブへの移籍の話も浮上している。日向が「いつまでJリーグにいるのか」と尋ねてきたのは、それを聞き及んでのことだろう。
「イタリアに来いよ」
「言われなくたって」
選べるのであれば、迷わずに日向のいる国を選ぶ。同じチームでなくてもいい。同じリーグで戦えるのであれば、それだけで十分だ。
「お前が来たら、連れていきたいところも、一緒に行ってみたいところもあるんだ。俺が世話になっている人たちにも会わせたいし。それに・・・」
「それに?」
「トリノの祭りでも花火が上がるんだ。俺は一度しか見たことがないけれど、日本の花火にも負けないくらい綺麗だったよ。次はお前と一緒に見たい」
そう言って日向がふわりと笑う。その笑顔と素直な心の在り様に、いつものことながら若島津は胸をつかれる思いがする。
日向が他人に向ける愛情はいつでも直球だ。まっすぐな剛速球を、何のてらいもなく相手に向かって投げてくる。受けるこちらが間違えようもないくらいに。
さっきだってそうだった。
初恋の話なんて、いくらだって捏造できるだろう。「名前も覚えていないが、幼稚園で一緒だった女の子」とでも言っておけば済む話だ。
それを日向は、明和の神社で一緒に花火を見た日がそうなのだと伝えてきた。初めて恋をした相手はお前だと、誰憚ることなく若島津に告げてきたのだ。名前を出した訳ではないけれども、それが誰なのかは二人の間で分かっていればいい。
翻って、自分にとっての初めての恋というのは一体いつだったのだろうと若島津は考える。
小学生時代だって、それなりに可愛いと思う女の子もいたし、勝手にクラスの中で囃し立てられたこともある。それは無視していればそのうちに終わったけれども。
思い出してみても、これといった区切りはなかった。気が付いた時にはもう日向しか目に入らず、ずっとそれが続いている感じだ。
あの夏祭りの日がどうだったのか、その頃から既に自分の中に恋愛感情というようなものがあったのかどうか、それは分からない。
だが執着していたのは間違いなかった。お前の一番は俺でなくちゃ駄目なんだと、そんな執心をあの頃から日向に押し付けていた。
それでも日向は重いと逃げるでもなく、若島津のことを受け入れて、その後も長い時間を共に過ごしてきた。距離的には一時離れることになってしまったけれど、目に見えない糸はずっと繋がっている。
そしてこれから先も、自分と共にありたいと日向は望んでくれているのだ。これほどに幸せなことがあるだろうか。
「そうだね。俺もまた一緒に見たいな。あんたと花火を」
群青色の夜空を四方八方に飛び散り、広がる赤青黄色の火花たち。
降りかかる光の粒をその身に浴びて、興奮と感嘆に目を輝かせる日向が見たい。家族のために背伸びするしかなかった彼があの夜見せてくれた笑顔は、とても可愛らしいものだったから。
若島津がそんな想いを込めて答えれば、「その時は俺が案内してやるよ」と、日向が満面の笑みを浮かべて請け合った。
END
2016.08.29
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