~ アンケート ~
「なあに。この紙」
日本代表が合宿を行っている宿泊所の食堂にて、岬が入口に置いてあった紙を手に取って尋ねた。
「ああ、それね。雑誌で使うアンケートだということだよ。お遊びに近いものもあるから、適当で構わないそうだ」
三杉が答えると、松山が岬の手元を覗きこんで「どれ。・・・へえ、ほんとだ。どーでもいいことも確かにあるな」と感想を述べる。
「『サッカーを始めたきっかけは?』『何歳から始めた?』だって。この辺は普通だな」
「ちなみに君は?松山」
「近所の兄ちゃんがしてたからだな。向こうがクラブに入って相手にして貰えなくなったから、俺も入ったんだ。その人はもう止めてるけどな」
「三杉君はどうなの?」
「僕は日向だよ。小学生の時に彼の試合を見てからだ」
「うっそ!マジ!?それってホント!?冗談じゃなく!?」
驚いた松山が上げた大声に、既に朝食を取り始めていたメンバーたちが何事かと振り返る。
「松山、うるさいよ」
「あ、悪い。いや、でもさあ。それはびっくりするだろ。そんな話、初めて聞いたよ」
「特に話した覚えもないからね」
「だけどさ。ってことは、三杉がサッカーを始めたのって、相当遅かったってことだよな」
やっぱすげえんだな、お前 そう感心したように話す松山に悪気はない。それが分かっているから、三杉も却って気を使うこともなく「僕の場合は、そもそもスポーツは見るものであって、自分でやるものではなかったからね。その頃は」と答えた。
「岬くん、君の場合は?」
「僕の場合は小さい頃、父さんが絵を描いている間に一人で大人しくしていなくちゃならなかったからね。隣で絵を描くか、ボールで遊んでいるかのどっちかだったんだよ。翼君にも負けないくらい、サッカー歴は長いと思うよ。もしかしたらこのメンバーの中でも一番かも」
「そう。・・・意外にお互いのことを知らないものだね。随分と長い間一緒に過ごしてきたような気がするけれど」
小学六年生の夏に初めて相まみえたあの日から、既に十年以上の歳月が経っている。それでも今頃になってこんな話題で初めて知ることがある。岬もおかしくなって笑う。
「これ、全員のを見てみたいね。集まったら僕らにも見せてよ、三杉くん」
「そうだね。情報共有としようか」
「こんなところで何を話してるんだよ」
そこで話に割って入ってきたのは、岬達と入れ違いに食堂から出ていこうとする日向だった。いつもと同じように、若島津と反町も一緒だった。
「おはよう、小次郎」
「おはよう。君たちはもう食事は終わったのかい?早いね」
「おはよ。朝、散歩に行ったんだけどさ。そしたら腹減ったから。・・・何だ?その紙」
日向が先ほどの岬と全く同じ問いを口にすると、松山はアンケート用紙を一枚日向に手渡し、サッカーを始めたきっかけで盛り上がっていたのだと説明した。
「そういえば、小次郎の場合は?きっかけって何?僕、ちゃんと聞いたこと無かったよね?」
「僕も無いな」
「俺も」
三人に揃って振り向かれ、日向は「そうだったっけ?」と首を傾げた。
「そうだよ。だって僕と出会った頃にはもう、小次郎はチームで一番上手だったよ。だから、結構小さい頃からやってたんだろうな、って思ってた」
「日向?」
別に隠している訳でも、内緒にしている訳でもない。
だが改めてそう聞かれるほどに変わった理由でもないんだけどな・・・と日向は思いながら話し始めた。
「単純にきっかけって言えば、父ちゃんがサッカーボールを買ってくれたからだな。三歳の誕生日だったって」
「へえ・・・。なんでサッカーボールだったのかな」
「それは知らない。聞いたことがなかったんだよな」
さすがに三歳では、当時の記憶は無い。父親が何を考えて与えてくれたのかは知らないが、だが母親によれば自分は飛び跳ねて喜んでいたらしいから、よほど嬉しかったのだろう。
「何でサッカーだったのかは、知りたかったような気もするな」
父親が亡くなった後、日向は家の中で真新しいサッカーボールを見つけた。それは父親が日向のために用意してくれていたもので、最後の贈り物だった。日向はその時のボールを、ボロボロになった今でも捨てられずに持っている。
プロになることを望んでいたかどうかは分からないけれど、父親が応援してくれていたのは間違いないと思う。だからこそ、どうしてサッカーだったのかを聞いてみたかった。
「小次郎・・・」
束の間、父親との懐かしい日々に想いを馳せる日向の頭を岬の手がそっと撫でる。
子供に対するようなその行為に、気を使わせてしまったことを知った日向は苦笑した。
「いや、今更変な意味じゃなくてさ。単に聞いてみたかったかな、ってだけだ」
「うん。・・・そうだよね」
「ねえねえ、ちょっと見てよ、日向さん。このアンケート、変わった質問もあるよ」
「どれ」
空気を読むのに長けた反町が日向と岬の気を引くように、話題を変えた。手にした用紙を日向と岬に見せて、「ほら、これ悪ノリ以外の何でもないよね」と指し示す。
「『もしも自分が女子だったら、メンバーの誰と付き合いたいか?』って・・・なんだ、これ」
「自分が女の子になったら、なんてこと、考えたことある?日向さん」
「ある訳ねえだろう。気持ち悪い」
日向はいかにも嫌そうに顔を歪めるが、周りが揃って『いや、意外とイケるんじゃないか』と内心で思っていることには気が付かない。
他にも『こんな項目がある』『あんな設問がある』と賑やかに興じていると、日向の傍で同じくその用紙を手にして眺めていた若島津が「日向さん、俺先に部屋に戻ってますね」と断って背を向けた。
「ん?・・ああ、分かった」
自分を置いて一人で戻ろうとする若島津に、日向はどこか違和感を感じて首をひねる。岬も「若島津くん、どうかしたのかな」と不思議そうな声を出した。
「さあな。・・・で、これをどうするって?」
「書いたら僕のところに持ってきてくれ。設問数が結構あるから、全部が埋まらなくてもいいよ。きっと適当に拾って使うだろうから」
「・・・だけどよ。なんだか、真面目に答えるのも馬鹿々々しいようなものがあるんだよなあ」
松山がそう言うのも、もっともだった。ざっと目を通しただけでも、サッカーに全く関係のないような設問も多くあることが見て取れた。自分たちはここに遊びに来ている訳では無い、という思いもある。
「『もしも一日だけ代表メンバーの誰かになれるなら?』『もしも無人島に何かを持っていくなら?』なんてのもあるね。ズバリ『初恋はいつ?誰?』なんていうコイバナもあるし」
反町が「もしもシリーズ、多いよ」と幾つかの設問を読み上げるにつれ、日向の眉根が段々と寄せられていく。
「・・・なんだか嫌な予感しかしねえ。それも激しく」
「そういえば若島津くん、さっきこの紙を目立たないようにこっそり持っていったよね。僕、見たよ」
「なら今頃、部屋で喜々としてこれの回答を書いているんじゃないかな?」
「『日向』、『日向』、『日向』って?・・・大変だな、お前」
松山にまで同情の目で見られて、日向の疑心は確信に変わる。
「・・・俺も部屋に戻るわ」
「うん。頑張って!」
「出されても、こっちで握りつぶすことはできるからね。練習に支障の出ない程度にしておいてくれ」
「実際にどうだったか、後で聞かせろよ」
「俺、後で覗きにいってもいい?日向さん」
楽しそうな顔を隠しもしない4人に見送られて、日向は若島津と二人で使っている部屋に向かった。
**
「寄越せ!」
「嫌だよ!」
日向が部屋に戻ってみれば、案の定若島津は件のアンケート用紙に向かって一心不乱に何かを書きつけていた。後ろから近づいた日向がそっと覗きこむと、呪文のように見事に『日向』という文字が並んでいる。当然、『お前は何を考えているんだ!それを寄越せ!』となった。
「なんの権利があって、日向さんが取り上げるんだよ。横暴だ!」
「何が横暴だ!お前が持ってるその紙には、俺の名前が並んでいるんだぞ!俺はちゃんと見たんだからな!」
日向が右手を伸ばせば、若島津は反対側の背中にサっと隠す。日向が左手を伸ばせば、それもササっと避ける。
「いいから、渡せ。・・・そんなもんを世の中に出して、わざわざ恥をかくこともないだろう?」
「恥なんかじゃないし」
「大体何で、”無人島に持っていくもの” が俺になるんだよ!俺はモノじゃねえよ!」
「だって日向さんと無人島で二人きりだなんて、考えるだけでも最高じゃん!それって楽園だよ!?誰も邪魔しに来ないんだよ!?一日中二人だけでいられて、好きな時に泳いだり、抱き合って昼寝したり、星空の下でエッチしたりもできるんだよ!?」
「・・・!」
「痛いっ!」
日向は思わず手加減も忘れて、若島津の頭を拳骨で殴った。
「そんなこと、大きな声で言うなッ!この馬鹿ッ!!」
「馬鹿じゃないもん・・・」
頭をさすりながら大きな背中を丸めて上目づかいで日向を仰ぎ見る若島津は、普段であればそれなりに可愛らしく映ったことだろう。
だが今は単に手のかかる犬としか思えない。はあ・・と日向はため息をつく。
「こんなのが雑誌に載ったら、お前のファンだってガッカリするぞ。実は頭のおかしい奴だったって」
「別にいいよ。ファンのためにサッカー選手になった訳じゃない。俺はあんたと一緒にいたいからサッカーを選んだんだ」
世間一般的には若島津健という男は、サッカーの実力もさることながら、クールで美形ということで特に女性からの人気を集めている。日向はそれを気遣っているのに、肝心の若島津はといえば『そんなの、どうでもいい』と言い放ってみせる。日向は内心で『この野郎』と罵った。
ファン云々はこの際置いておいてもいい。
だがどうして、長いこと二人だけの秘密にしてきた自分たちの関係を、こうした冗談めかした形とはいえ、わざわざ人前に晒さなくてはならないのか。真実が露見するリスクを負ってまで 日向にしてみれば、全く理解できないことだった。
「・・・どうしたんだよ、今更。こんなもんにそれらしいことを書かなくたって、俺はお前のものだろう?」
「そりゃあ、日向さんは俺のものだよ!だけど・・・!」
「だけど、何だよ」
「・・・日向さんは、本当に素敵で恰好いいから・・・。日向さんを狙っている奴なんて、ごまんといる。それこそサッカー絡みじゃ無くたって。最近は芸能人だって、日向さんのファンだって公言する奴が多いじゃないか」
「そんなの、今だけのことだろ」
ワールドユースでの優勝、その後のユベントス入団を機に、世間での日向の知名度は一気に上がった。
それまでも年代別の代表として活躍してきて、サッカーやスポーツが好きな人には知られた存在ではあった。だがその一方で、サッカーに興味のない人々にはそれほど有名ではなかったのも確かだった。
それが今では、『日向小次郎』と言って通らない人の方が少ないだろう。
松本香の経営するマネジメント会社と契約を結んだのも大きかったと日向は思っている。
松本は日向をメディアに露出させることで、幼児から年配者までの幅広い層に日向の名前と顔を浸透させた。それでいて決して安売りはせず、日向の若々しく清潔で、かつ野性的で精悍なイメージを損なうことのないようにも配慮した。
いまや日向はアスリートとしてだけでなく、タレントとしても注目されるようになっている。若島津の言うように最近では『理想の男性』として若い女優や女性タレントに名前を挙げられることも増えたのだ。
だが、そんなものは今だけのことだ。日向は寄せられる好意も人気も、結果次第ですぐにひっくり返ることを知っている。勝てば手放しで称賛して愛してくれるが、負ければ道を歩いていても罵倒される。少なくともイタリアではそうだった。
そんな人々の移ろいやすい感情と、自分と若島津が二人で築いてきたものなど、比べるまでもない。なのに、目の前の美しい顔をした男はいかにも情けなさそうに眉を下げている。
(馬鹿な犬ほど可愛いっていうのは、本当だよな・・・)
日向は一人納得して、独占欲の塊のようなわんこの隣に腰を掛けた。
「向こうだって、適当に言ってるだけだろ。寧ろ俺と何の関係もないから、名前を出しやすいんだ。本当に親しい人間の名前なんか出せねえからな」
「だけど、」
「だけど、じゃねえ。お前は、俺がよく知りもしない人間から『好きだ』と言われたからって、どうにかなるとでも思っているのか」
「そんなこと思ってないよ!ないけど・・・でも、じゃあどうすればいいの!?」
「・・・うわっ!こら!」
若島津はベッドの上に日向を押し倒し、その上に重なって熱い体を抱き締めた。
「俺の日向さんなのに・・・俺のなのに・・・!他の女が日向さんのことを自慢気に話したりするのを、どうして俺が見てなくちゃいけないの!?そいつらはあんたのことを好きだって、欲しいって世の中に向けて言っているのに、どうして俺が黙って聞いてなくちゃいけないの!?」
「・・・若島津」
「そりゃあ、バレたら面倒なことになるってのは分かってるよ!? だけどそれでも、あんたは俺のものだって、だから手を出すなって言いたいよ!」
「・・・ちょっと、待てって」
「W杯の本戦出場が決まったら、またあんたは騒がれる。W杯で優勝でもした暁には、あんたはきっと英雄だ。・・・そう考えたら、今のうちに俺のものだって堂々と公表したいくらいだよ・・・!」
「若島津、重い・・・」
「重くなんかない!」
溜めていたものを一気に吐き出して、若島津は日向をかき抱く。日向はぶつけられた想いの強さに「どこがだよ。すげえ重いじゃねえかよ」と一人ごちたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。
「・・・お前は、ほんっとに。・・・馬鹿だよなあ」
ギュウギュウに抱きしめられて息苦しさを覚えながら、それでも日向は大人しく若島津の腕の中に収まっていた。不自由な腕をなんとか動かして、上に乗る男の背に手を回す。
「そうなった時には、騒がれるのは俺だけじゃなくて、お前もだろ。大事な試合には絶対にお前が一緒に出ているに決まってんだから。FWだろうが、GKだろうが。そうだろ?」
「・・・・」
「FWとしてはさ、俺たちは仲間でありながらライバルだよな。俺、本当はお前がFWとして活躍するのは喜んでばっかじゃ駄目なんだよな。俺も負けない、って思わなくちゃさ」
「日向さん?」
らしからぬ言葉に、若島津は頭を起こして日向を見降ろした。
「だけど、おかしいんだよ。俺、時々お前に見惚れてるんだ。ピッチの上で。お前が点を決めた後とかさ・・・。そういう時のお前、すげえ綺麗だし、カッコいいし」
「・・・え?、え?」
「お前の言ってること、少しは分かるような気がするよ。俺も、お前のことを俺よりも知った風に話す奴がいたら、不快に思うだろうな。お前は俺のものなのに・・・って」
「え?ひゅうがさん・・・ほ、ほんと?ほんとに、そう思ってくれてるの?」
『見惚れてる』や『おれのもの』といった言葉に狼狽えながらも歓びを隠せない若島津に、日向は「落ち着けよ」と笑う。
「でも俺の場合は、誰がお前に近づいてこようが大丈夫って自信はあるけどな。お前には俺だけだって、分かってる。これまでも、これから先も。お前の俺への執着の強さは、ガキの頃から並じゃ無いからな」
「・・・うん。うん、日向さん。日向さんだけだよ。俺がこんな風におかしくなるのは、日向さんにだけ。日向さんに対してだけなんだ」
『執着の強さ』と日向は表したが、若島津に言わせればそんな言葉では足りない。
日向は若島津の全てだった。嬉しいも楽しいも、日向がいなければ若島津にはない。日向と共にあるということが、若島津にとって”生きる”ということだった。
そのためにサッカーを選び、東邦を選んだ。勿論サッカーは好きだし、負けたくはない。だがそれは人生そのものではなく、生きるための手段の一つだった。
どうして日向でなければならないのか。日向でなければならなかったのか 。
そんなことを考えた時期もあるにはあったが、結局は分からなかった。だがそれでいいのだとも思う。
解明しようがないのだから、この気持ちに終わりが来る日はきっと来ない。
「でもさ、お前がそんなに心配してるってことは、俺に甲斐性が無いってことなんだろうな。・・・なあ。どうすれば、俺にとってもお前と他の奴らじゃ違うんだって、分かって貰えんのかな。若島津?」
「・・・ひゅうが、さん」
「なあ、どうしたらお前だけだってこと、伝わるのかな」
「・・・日向さん、好きです。好き。大好き。・・・日向さんも言って」
「好きだ」
「キスして」
可愛らしい男に甘えた口調で強請られて、日向は軽く触れるだけのキスを与えた。
「・・・もっと深く」
薄く開いた唇に舌先を潜り込ませ、待ち受けていた若島津の舌に絡める。
「・・・もっと・・」
唇だけじゃ足りないとばかりに、昂る身体を互いに擦り寄せ合った。
「もっと、ちゃんと・・・。日向さんをちゃんと感じたいよ・・・」
「・・・練習終わって、夜になったら・・な。約、そく・・んっ」
だから夜まで大人しく待ってろ・・・という日向の抑止は知らん振りして、若島津は日向の上に再び覆い被さった。
見えるところも見えないところも、あらゆるところを舐めて吸って、日向の好きなところに触れたかった。
日向は性急に体を弄ってくる若島津に対して半ば本気で抗ったが、若島津が諦めなさそうなことを知ると「全く、しょうがねえなあ・・・」と零して体の力を抜いた。
「時間もねえから、最後までは駄目だぞ」と釘を刺すことは忘れない。
だが目の前の恋人だけに見せる今の日向の表情は、言葉とは裏腹に優しくて穏やかなものだった。
それはすなわち、彼が満たされて幸せであることを何よりも雄弁に物語っていた。
****
「三杉くん、アンケートの方、どう?結構集まったの?」
翌日、合宿所のミーティングルーム近くの廊下で岬が三杉を呼び留めて話しかけた。
「ああ、ぼちぼちね。そういえばさっき日向と若島津からも受け取ったよ。見るかい?なかなか面白いよ」
「ありがと。・・・面白いって、どの辺が?」
「日向のを見てるとね。なるほど、こういうのを『ツンデレ』って言うのかなって思ってね」
三杉は日向のアンケート用紙を岬に手渡した。岬はそれを見て目を丸くする。殆どの設問の回答欄が空欄か、またはハイフンになっていたからだ。
日向らしいといえば日向らしい素っ気なさだった。
「うわ、ほんとだ。ツンツンばっかりだ・・・。だけど、最後にちゃんとデレてるんだ。小次郎らしいね」
サッカーに関する質問にはちゃんと答えている。だがサッカーに関係にない項目で回答しているのは、たった一問だけだった。
それは『もしも無人島に持っていくなら・・・』という例の質問だった。その欄には書き殴ったように乱雑な字で、ただ一人の男の名前が記されていた。
「内容によっては握りつぶしちゃおうかと思っていたけれど、これはこれで楽しそうだからこのまま渡してしまおう」
「うん、そうだね。・・・いいなあ、若島津くん。無人島に小次郎と二人っきりだ。小次郎もまんざらでもないんだね」
「そうなんだろうね」
日向と若島津の関係において、より強く相手に執着しているのは若島津の方に違いないとは二人も思っている。だがそれは、日向の想いの方が少ないということとイコールではなかった。単に性格の問題だろうと考えている。
態度に表しているから想いが深いとか、言葉に出さないから愛情が足りないだとか、そういうことでは無いのだ。
「小次郎も、あれでかなり若島津くんのことが好きだからなあ。寧ろ、万が一裏切られたりしたら立ち直れないのは小次郎の方かもね」
「だろうね。若島津は常に最悪のケースを想定して動くようなところがあるけれど、日向は人を一旦信用したら、疑わないからね。それがいいのか悪いのかはさて置き」
だが日向のそんなところを三杉が好ましく思っているのも事実だった。だからそこを曲げて欲しくは無い。もし若島津のせいで日向が傷つき、その性質まで変わってしまうようなことがあれば、きっと自分は彼のことを許さないだろうとも思う。
「そんなことにならないという保証は無いからねえ・・・。まあでも、その時には僕がいるし」
岬が本気とも冗談ともつかない口調で嘯けば、三杉も「そうなったら、君は誰よりも激しくキレそうだけどね。日向のために」と返す。
お互いに嫌なものでも見るような目つきで眺めた後、二人は「じゃあ後で」と爽やかな笑顔を浮かべ、背中合わせに別々の方向に歩き始めた。
END
2017.03.13
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