「ポッキーの日!ポッキーの日!」
「何がポッキーの日なんだ?反町」
~ ポッキーの日 ~
俺が風呂上がりに1箱のポッキーを抱えて談話室に入ると、いつものように先に風呂から出てソファで休んでいた日向さんが尋ねてくる。
よくぞ聞いてくれました!日向さん。
「あーあ。また聞いちゃったんですね・・・」
「そんなの、無視していいんですよーって言ってるのに。日向さんってば」
そして日向さんの傍にいた島野と小池が茶々を入れてくるのも、いつもと一緒。
煩いっつーの!お前らこそいつものようにシカトだ、シカト!
「外野は放っておこうね。・・・さて日向さん、今日は何日でしょう?」
「今日?11月11日・・・だろ?」
ピンポーン!よく出来ました。
「そう、11月11日はね、ポッキーの日なんだよ」
「何で?」
いや、何でって言われても困るんだけど。別に俺が決めた訳じゃないしぃ。
「1111だから、だとは思うけどさー。とにかく、ポッキーの日なの!ポッキーの日って決まったの!・・・でね。今日この日は何をするかというと・・・」
俺はおもむろに手にしていたポッキーの箱を開けて中から1本を取り出し、日向さんの口に突っ込んだ。
「やっぱポッキーゲームっしょ!」
「んっんーんーん?」
ポッキーを口にしているため話せない日向さんだけど、言いたいことは分かる。ポッキーゲームって何だ、って聞きたいんだよね。
「まあ、いいから食べちゃって。ホラ」
形のいい唇にポッキーを軽く押し込むと、日向さんは「訳が分からない」という顔をしながらもモグモグと咀嚼する。そして当然のごとく、俺はその反対側の端っこをパクリ、と銜えた。
「・・・!」
おー。ビックリおめめになった日向さんの顔が近い。どうやら日向さんの動きは止まってしまったようだけれど、気にせず俺は齧り続ける。日向さんの整った綺麗な顔がどんどん近くなり、息遣いまで感じられる距離になって・・・。
これ以上進むとちゅーしちゃう、ってところで、俺はパキっとポッキーを折った。
「どお?美味しい?日向さん」
「てめ・・・。何だよ、今のは」
「だからポッキーゲームだってば。いかにギリギリまで進んで、寸止めできるかってゲーム。別にちゅーしたければしてもいいんだけどね。でも普通、ヤロー同士とかイヤでしょ。一種のチキンレースみたいなもんだよ。ほら、あるでしょ。崖ギリギリまでどっちが車を走らせるか、みたいな度胸試し」
適当な説明をする俺の後ろで、島野と小池が「チキンレースって、今考えたんじゃないよな」「日向さん、負けず嫌いだからな。ああいうとこ刺激すればノってくるって、絶対に前から考えてたよな」とブツブツ話している。そりゃあそうだろう。疑似とはいえ、堂々と日向さんとのキスシーンを体験できるこのチャンスを、俺が逃すと思うのか!
何かを考えるように首を傾げていた日向さんは、やがて「なるほど。そういう日なんだな」と言って、納得したように大きく頷いた。まあ、俺の説明にもちょっとした語弊はあったかもしれないけれど、大した問題じゃないだろう。
じゃあ、もう一度試してみましょーか・・・と俺が誘う前に、日向さんは右手を出して言った。
「俺もやってみる。反町、1本くれ」
「はいはい、喜んで!」
やっぱりチキンレースに例えたのが良かったのか、積極的で嬉しいなあ・・・なんてニヤけながら1本を渡した俺に、日向さんは「サンキュ」とお礼を言ってくれた。だがその次が問題だった。
「島野」
はあっ!?
何故!?何故に俺をスルー!?なんで後ろの島野を呼ぶ!?そこは俺でしょ!!
バっとものすごい勢いで島野を振り向けば、一目で分かるほどに青ざめて後ずさりしている。そうだろうそうだろう。それこそチキンのお前にはキッツイよな。
いつの間にかこの狭い寮の談話室には寮生があふれ、俺たちは注目の的になっていた。サッカー部だけじゃなく、野球部やらバスケ部、バレー部も陸上部も、みんなが俺らを注視している。
島野に、たとえ真似だけとはいえ、この状況で日向さんにちゅーできるだけの度胸があるとは到底思えん!
その証拠に島野は日向さんが誘っても、首を横に振るだけで動こうとはしない。日向さんはそんな島野に少しムっとしたようだったけれど、すぐに島野の代わりに小池を呼んだ。
しまった!小池は普段からポーカーフェイスで何を考えているか分からないような奴なのに、実は結構イケイケな奴だったんだ。
それに今は珍しく嬉しそうに浮かれているのがモロ分かりだ。・・・このムッツリめ!
日向さんは横に座った小池の口に、さっきの俺と同じようにポッキーを突っ込んだ。それから反対側を齧る。周りから低いどよめきが聞こえ、ざわついた不穏な空気が波紋のように広がっていく。
ああ、嫌な予感しかしない・・・。
やがてパキッ、とポッキーを折ってお互いに離れた日向さんと小池。口に入れたポッキーを飲みこんだ後で「確かに、少しドキドキするな」と日向さんが感想を述べれば、それが合図のようにその場にいた奴らが俺のポッキー目掛けて押し寄せてきた。
「反町、俺にも1本!」
「俺も!俺にも寄越せ!」
「やだよ!何で俺がお前らに分けなきゃいけないんだよ!自分で買ってこい!」
「部屋にはあるんだよ!だけど取りに行ってる間に日向が部屋に戻るか、若島津がやってくるだろーがっ」
そうだ。健ちゃんは風呂の後に髪の毛を乾かすのに時間がかかるからここにいないだけで、きっとそのうちやってくる。
「あいつが来たら、そんなチャンスはもう無いだろうが」
「ふざけんなっ!日向さんを他の部の奴らに触らせるかっつーの!・・・島野、パス!」
「え?え?・・・ええ!?」
俺から島野に渡ったポッキーの箱は、慌てふためいた島野から今度は小池に渡る。それから松木に。それから・・・と思ったらバスケ部の奴にカットされた。くそう。さすがにそうなるか。
エネルギーの有り余る、かつ身体能力に自信のある運動部の奴らばかりだ。やがて談話室は混沌のるつぼと化していく。
俺は色んな奴の手に渡っては握りつぶされていくポッキーの箱を目で追いながら、「なんでこんな騒ぎに・・・」と一人途方にくれていた。
****
「・・・何をしているんですか。あんたは」
「・・・・」
若島津は腕を組んで仁王立ちになり、ベッドの上で胡坐をかく日向を見下ろす。ここは日向と若島津の二人の自室だった。
さきほど若島津が髪を乾かし終えて談話室に向かったところ、その場にいた寮生が床に全員正座をさせられ、寮監の説教を受けていたのだ。
聞いてみれば首謀者は反町らしいが、ポッキーの日だとかいって皆で浮かれ騒いでいたとのこと。
若島津にすれば、別に寮友たちの誰が怒られようとも構わないが、その正座をさせられていた中に日向の姿もあったことに驚いた。
日向は滅多に寮や学校で騒ぐということはなかったし、教師や寮監に怒られることも無かった。小学生の頃には喧嘩っ早さが原因でトラブルを起こすこともあったが、東邦にきてからはサッカー絡みの失踪事件を除けば、全くといっていいほど問題を起こすことは無かったのだ。特待生でもあることから、日向本人も日頃の行いには気を付けていた。だから心底意外だったのだ。
一方、日向にしてみれば『 自分の何がいけなかったのか 』という思いがある。
ポッキーゲームなるものを反町に教えて貰ったから、小池で試してみただけのことだ。それがあんな騒ぎになるとは、日向自身も驚いた。
「まあ、反町が騒ぎを起こすのは今に始まったことじゃないですけどね。あんたまで便乗することないでしょう」
「したつもりはねえけど」
結果的に騒ぎを抑えられなかったのは悪かったと思うけれど、原因については日向はさっぱり分からない。だから本当の意味では反省できていない。
そんな日向の態度を見て、若島津はため息をついた。
「まあ、それはいいですよ。後で反町は叱っておきます。・・・ところで、どうでした?」
「ん?」
「ポッキーゲーム。したんでしょう?反町とも、小池とも。・・・ドキドキした?」
若島津はベッドに片膝を乗り上げて、日向の滑らかな頬に触れる。そのまま、ツ・・・と親指で目元を撫でて、ついでのように耳を弄んだ。
日向は若島津の好きなようにさせておきながら、今日初めてやってみたゲームのことを思い返した。
普通に過ごしているだけなら有り得ないような他人との距離。互いの息遣いや体温を感じながら、唇が触れるか触れないかというギリギリのところまで近づいて 。
「・・・そう、だな。ドキドキしたっていえば、したかな」
「浮気者」
浮気、と断ぜられて日向は唇を尖らせる。
「違う。別に反町や小池にドキドキした訳じゃない。俺がこんなことしてるの、お前が知ったらどうするかな・・・って思ったら、ドキドキした」
「・・・・」
若島津は虚をつかれたように目を丸くした。ついで、はあ~、と大きな息を吐いて、その大きな手のひらで自分の顔を覆う。
「ほんっと・・・あんた、どれだけ俺のこと好きなの」
「すげえ好き」
自分が何をしているか知ったらどうするか・・・などと言いながらも、この程度で若島津が怒るとは爪の先ほども考えなかったのだろう。クスクスと笑う日向は、全く悪びれる様子がない。
「一応言っておくけど、嫌だからね。どんな奴であっても、そこまで近づけるのは無しにして」
「分かった」
「来年はポッキーの日、無いね」
「どうかな。あいつ、懲りるってこと知らないからな」
あいつとは勿論、反町のことだ。僅かな隙を見て日向にちょっかいをかけてくるところが反町らしいし、言うほど若島津も腹を立ててる訳ではない。
だけど日向の立場を考えれば、騒ぎに巻き込むべきでなかったのも確かだ。一言釘を刺しておくべきだろう。
「あんまり、叱らないでやれよ?あいつのせいだけじゃないんだ。他の奴らもどうせ騒ぎたかったんだろうから」
「あんたがそう言うなら」
何かきっかけがあれば、騒ぎたい年頃には違いない。ポッキーの日、というイベントがそれを後押ししたのだろう。
それに・・・と若島津は思う。
結果的には、日向に「すごく好き」とまで直接言って貰えた自分が、一番得をしたのではないか。満ち足りた気分で、若島津は日向の体を抱きしめた。
「じゃあ、来年はお前とするかな」
「ポッキーゲーム?」
「寸止め無しな」
「ん・・・」
それってただのキスと違わないんじゃ・・・という若島津のもっともな指摘は、ゆっくりと重なってくる日向の唇に言葉にならなかった。
ポッキーよりもよほど甘い、日向とのキス。
若島津は日向の見た目より柔らかい髪に指をさしこんで、もっと深く、と口づけた。
END
2015.11.11
ほんと、どれだけ若島津のことが好きなの、日向さん!・・・っていう感じです。
でも私の脳内日向さん、デフォルトはこんなです。だから他のCPだと、若島津は出せないんだなあー。
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