骨肉腫と化学療法


14才♂、中学2年生、サッカー部員。
数ヶ月前から右膝の違和感、次第に膝後方の腫脹となり来院。
単純レントゲンで大腿骨遠位骨幹端に広範に不整な骨硬化像と骨透亮像を認め、骨膜反応を伴っていた。

骨肉腫を疑い、ただちに入院し精査、入院後2週間目よりMTX大量療法を開始したが、肝機能が悪化し予定通りの投与ができず、4週間経過時MRI検査でも腫瘍の縮少傾向を認めないため、シスプラチンを中心とした化学療法に変更。その後も、明らかな効果が無く、2ヶ月目に患肢温存をあきらめ切断術を施行した。術後肺転移が発見され化学療法を追加。
その後も術後化学療法を定期的に行っていたが、15才時に肺部分切除、16才時にも肺転移再発し再度肺部分切除施行した。18才時に肺転移再々発。全身状態悪化し死亡。
サッカーが好きな少年は、はじめ多くの夢を語ってくれた。骨肉腫という病気については、これからはじめる苦しい治療を乗り切るためにも、そのまま告知し、何度も話し合いをして受容していた。その後の肺転移の繰り返される治療の中でも、新たな夢を持ち続け、理学療法士になりたいと何度もいっていた。高校を何とか卒業したことを報告してくれた時の、嬉しそうな顔はかけがえの無いものであったと思う。


9才♀、母親が「エホバの証人」信者。
膝の誘引の無い急激な疼痛のため来院。単純レントゲンで、大腿骨遠位の不整な骨硬化像と骨透亮像を認め病的骨折を起こしていたため、緊急入院となる。

骨肉腫を疑い、翌週よりMTX大量療法を開始。比較的プロトコールを順守可能で、4週目のMRIでも病巣の縮少が見られたため、患肢温存の方向で計画。問題点として、患者が小児で今後の成長を考慮する必要があること、手術に際し輸血が必要であることがあげられた。病巣切除後のインプラントととして、Kotzシステムの小児用で後に少しづつ延長が可能な特注品を使用することにして両親の了解を得た。輸血に対しては、母親が信仰上受け入れないため、何度も説得にあたり、最終的に父親の血液を使用することで合意。しかし、手術の数日前になって、親族の血液も拒否し、父親も納得した上で切断術を施行した。術後病巣の病理検査では、腫瘍組織は90%以上が壊死になっていた。
父親は、この件について、夫婦で何度も話し合い、母親を説得することに精神的に疲れきったと話してくれた。また、今後インプラントの再挿入術は必須であるため、その時に再びこのような議論を繰り返すことは耐え難いと付け加えてくれた。保護者だとしても親の信仰を子供に無理強いした結果、温存できた足を失ったことを将来患者は受け入れられるのか、今でも疑問に思う。



関節リウマチの治療に現在使用されている抗リウマチ薬のなかで、メソトレキセートは主役をなしている。メソトレキセートは、本来は抗がん剤であり、整形外科領域でも骨肉腫に用いられる。以下に骨肉腫における化学療法の実際を述べるが、これはマニュアルとしてはかなり古くなっており、現状にそくさない部分が多々あり、このまま治療を行ってはいけない。しかし、リウマチでメソトレキセートを使用する際の、薬に対する基本的な知識として押さえておくべきポイントが数多く含まれているので、あえて古い文章を掲載する。そのつもりで、参考にしてもらいたい。


Osteosarcoma
Chemotherapy manual

■ 骨肉腫に対する治療法の概要

 骨肉腫は整形外科領域では扱う悪性腫瘍としては頻度も高く、予後も不良であるため、その治療に関しては問題点が多い。
 主として長管骨の骨幹端に発生し、大腿骨遠位端と脛骨近位端の膝関節周辺が好発部位である。また発症年齢は十代の少年期であり、やや男性に多い。症状は疼痛と腫脹であり、初期には自発痛は認めない事が多い。血液検査上は、アルカリフォスファターゼの上昇を見る事がある。XP写真では、辺縁不明瞭な骨融解像と不整な骨新生像、骨皮質の破壊、骨膜反応を認める。腫瘍が発見された時点で、肺への転移を起こしている事が多く、さらに通常の画像診断では発見できない micrometastasisは多発性に生じており、5年生存率を著しく低下させている。

 腫瘍の主治療法はあくまでも、手術的に腫瘍そのものを切除する事にあるが、術後の予後をさらに良くするために、副治療法として抗癌剤による化学療法が一般的に行われるようになった。現在では、術前・術後に効果があると考えられている抗癌剤を数種類使用する、多剤療法が主流であり、これによって主病巣の縮少と micrometastasisの治療と予防を行う。発見されしだい手術を行った方が良いのではないかという疑問は当然である。しかし術前の化学療法は以下の理由により必要とされている。

すでに生じた転移巣に対する初期治療である。
化学療法中には新たな転移は生じない。
術前の抗癌剤に対する反応が術後の化学療法の参考になる。
主病巣の反応によっては患肢温存が考慮できる。
患肢温存の場合のprosthesisの準備をする時間ができる。
手術操作による腫瘍細胞の拡散を予防する。

抗癌剤の投与方法
1.局所投与
 腫瘍を栄養している動脈にカテーテルを留置し、小型ポンプによって持続的に直接抗癌剤を注入する動脈内注入法がある。腫瘍に選択的に投与でき、多臓器に対する影響が少ないため大量に長期間投与できる。また局所灌流法というのもあるが、方法が煩雑で一般的ではない。
2.全身投与
 メソトレキセート大量療法を中心に、現在行われている化学療法の主軸をなす。
(後述)

手術療法
1.患肢切断
 術前の各種検査より決定された腫瘍の最近位部より5?7cm離して切断する。
2.患肢温存
 術前化学療法の進歩により、現在では患肢を残すこと可能となる事が多くなった。腫瘍が比較的限局し、神経血管への浸潤がない場合、広範囲切除の適応となり、病巣切除後に人工関節置換あるいは関節固定術を行う。人工関節としては、切除範囲に応じたカスタムメイドのものと、モジュラー式のものがある。
3.肺転移巣に対する手術
 現病巣が完全に除去されており、術後1年以上経過したもので、単発性の肺転移に対しては積極的に部分肺切除が行われる。

 これらの治療法の進歩により、以前は 15%程度であった5年生存率は、 50%程度になってきている。また患肢温存により機能的予後も改善されてきた。しかし、主として術後1年以内に生じた肺転移が、現在も予後を不良にしている最大の原因である。


■ High Dose Methotrexate (HDMTX)
 メソトレキセート大量療法+ロイコボリン救援療法

1.適応 骨肉腫、軟部肉腫、急性白血病、悪性リンパ腫

2.作用機序
活性葉酸産生に必要な転換酵素を阻害して核酸合成を抑制し、細胞増殖を防ぐ

3.副作用
骨髄抑制、肝障害、腎障害(急性尿細管壊死)、その他

4.投与上の注意
MTX は尿が酸性化すると結晶になり、尿細管に沈着し重篤な腎障害を起こす。このため尿のアルカリ化 (pH 7.0以上) と十分な尿量の確保が必要である。Lasix は尿を酸性化するので、使用できない。以下の薬品は MTX の作用を増強させるので使用できない。
サリチル酸、スルフォンアミド、テトラサイクリン
クロラムフェニコール、フェニトイン

5.ロイコボリン救援療法 CF Rescue
CF は正常細胞を MTX の毒性から守るために必須。投与量・投与時間は厳守する。
MTX 投与後の血中濃度を測定し、過剰に残っていればCFを追加して副作用を防止する。
MTX 血中濃度安全域
投与後24hr1 X 10?6 mol
48hr1 X 10?7 mol
48時間値が最も重要である。
2 X 10?7以上CF 追加投与 (massive CFR) 800mg/day まで
2 X 10?5以上透析開始

6.投与方法

第0日18:00持続点滴開始
Solita T3 (500ml) 200ml/hr 各ボトルにMaylon 1A (20ml) ビン注
経口投与
Diamox 500mg 2X 1回250mg (9:00,21:00の2回/day 第4日9:00まで計10回)
各排尿毎にマルチスティックによる尿pH及び尿量を測定
 pH 7.5 未満または、尿量400ml/4hr以下ならばDr.call

第1日9:00MTX投与直前の尿pHが7.5未満の場合は中止にする
Decadron 4mg + 生食 20ml i.v.
Methotrexate(MTX)__ g + Solita T3 (100ml) + Maylon 20ml
9:30Methotrexate(MTX)__ g + Maylon 40ml + 生食 (total 500ml)
MTX総投与量は8?12g/M2
MTX30mg/kgBW/30min.
MTX300mg/hr

第2日5:0011:0017:0023:00各々Leucovorin 30mg(10A) + 生食50ml
第3日5:0011:0017:0023:00各々Leucovorin 15mg( 5A) + 生食50ml
第4日5:0011:00(17:00)(23:00)各々Leucovorin 15mg( 5A) + 生食50ml
第5日(5:00)(11:00)(17:00)(23:00)各々Leucovorin 15mg( 5A) + 生食50ml
第6日(5:00)(11:00)(17:00)(23:00)各々Leucovorin 15mg( 5A) + 生食50ml
持続点滴終了

Leucovorinは側管から全開で滴下。()内は血中濃度の状態によっては投与不要

MTX投与開始後のメインボトルに
Cercin 1A + prinperan 2A ビン注(第3日まで3回/day)

嘔気時Novamin 1A i.m. 無効時 Contomin 20mg + 生食50ml 全開でDIV
嘔吐時吐物量測定し、同量のSolitaT1(500ml)+15%KCl(5ml)にて補正する
熱発時Indacin suppo  無効時 Menamin 50mg i.m.  Metilonは使用厳禁

MTX血中濃度測定 プレーンのスピッツに2ml
投与後 24hr 第2日 9:00
投与後 48hr 第3日 9:00
投与後 72hr 第4日 9:00
  48hrで十分低下していれば72hrは不要
  至急で中検に提出 検体受付は9:00?17:00 夜間は緊急検査室で預かり翌朝測定

第1日?第6日朝 緊急 ・ 及び尿定性・尿定量

腎機能検査(クレアチニン・クリアランス)
PSP検査、ICG検査


■ BCD療法
Bleomycin + Cyclophosphamide + Dactinomycin
  
1.ブレオマイシン Bleomycin
   商品名 ブレオ Bleo
抗生物質
   様々の悪性腫瘍に用いられている
   間質性肺炎、肺線維症などの呼吸器系の副作用が強く、骨髄障害は少ない

 2.サイクロフォスファミド Cyclophosphamide
   商品名 エンドキサン Endoxan
アルキル化剤
   悪性リンパ腫、白血病、骨髄腫、骨腫瘍
   出血性膀胱炎に注意する

 3.ダクチノマイシン Dactinomycin、アクチノマイシンD Actinomycin D
   商品名 コスメゲン Cosmegen
抗生物質
   泌尿器系、産婦人科系悪性腫瘍に用いられる
   骨髄抑制を起こしやすい

 4.投与方法

 1回投与量
  Bleomycin 15mg/M2
  Cyclophosphamide 600mg/M2
  Dactinomycin 0.6mg/M2

第1日  9:00 持続点滴開始 Solita T3 (500ml) 80ml/hr
各ボトルに Prinperan 1A ビン注
          Decadron 4mg + 生食 20ml i.v.
9:30 Bleo   __mg + 生食50ml 100ml/hr
10:30 Endoxan __mg + 溶解液50ml 100ml/hr
11:30 Cosmegen __mg + 生食50ml 100ml/hr

第2日  9:30 Bleo   __mg + 生食50ml 100ml/hr
10:30 Endoxan __mg + 溶解液50ml 100ml/hr
11:30 Cosmegen __mg + 生食50ml 100ml/hr

  第3日  持続点滴終了

  第1日?第5日 朝 緊急検査 ・ 及び尿定性

  尿量を確保する
  嘔気・嘔吐に対する対策をする
  胸部単純レントゲン写真を終了後にチェックする


■ 術後化学療法

 手術によって切除された腫瘍標本は病理学的検査を行い、術前化学療法の効果によって組織学的に分類される

Grade I効果は0%、まったく効果を認めない
Grade II効果は50%以下(腫瘍細胞を認めないが、腫瘍領域は明瞭)
Grade III効果は90%以下(腫瘍細胞は認めないが、一部の腫瘍領域を残す)
Grade IV効果は100%、腫瘍細胞・腫瘍領域を認めない

Grade I・II は術前のメソトレキセート投与に対して反応が不良であり、術後に使用する抗癌剤は、シスプラチンとアドリアマイシンの併用した方法に変更する必要がある。
術前化学療法が不十分であるため、予後も不良である。
 Grade III・IV であれば、術後も術前と同様の抗癌剤を使用できる。

1.シスプラチン Cisplatin (CDDP)
商品名  ランダ Randa、ブリプラチン Briplatin
 Rosen のT12 protocolでは、腫瘍組織のメソトレキセートに対する感受性が低い場合には、術後の化学療法として、シスプラチンを使用する。シスプラチンは白金化合物で、大腸菌の細胞分裂を阻止することが偶然発見されてから使用されるようになり、比較的古くから抗腫瘍剤として用いられている。作用機序としては、癌細胞のDNA合成と細胞分裂を阻害すると考えられている。副作用としては、腎障害をきたす可能性が高く、使用前後の腎機能を十分にチェックすると同時に、使用時に多量の水分摂取または点滴により尿量を増すことが重要である。アミノグリコシド系の抗生物質との併用で腎障害が増強されることがある。最も多い副作用は悪心・嘔吐であり、ほとんどの症例で認められる。また聴力障害を起こすこともある。骨髄抑制は少ないが、他の抗癌剤の骨髄抑制作用を増強することがある。

2.アドリアマイシン Adriamycin (ADR)
商品名  アドリアシン Adriacin、テラルビシン Therarubicin
抗生物質。副作用としては、心臓に対する心筋障害が重要である。血管外に漏出させると、皮膚・皮下を壊死に陥らせるので注意が必要。脱毛はテラルビシンの方が、比較的軽い。

3.投与方法

  第0日 18:00 点滴開始
         生食 (500ml) 100ml/hrで維持
  第1日 5:00 点滴 120ml/hrに変更
   9:00 20%マニトール 150ml + デカドロン 4mg 側管より30min.でDIV
   9:00 CDDP 120mg/M2 + 生食 500ml 80ml/hr
       9:30 ADM 30mg/M2 i.v.側管から
   15:00 20%マニトール 100ml + デカドロン 4mg 側管より30min.でDIV
   15:00 生食 (500ml) 160ml/hrで維持
18:00 20%マニトール 100ml + デカドロン 4mg 側管より30min.でDIV
第2日  9:30 ADM 30mg/M2 i.v.側管から
  第3日  0:00 持続点滴 Solita T3 100ml/hr
  第4日  0:00 持続点滴 Solita T3 80ml/hr
6:00 持続点滴 Solita T3 40ml/hr 指示あるまで維持

  検査  施行前後に心電図・聴力検査・クレアチニンクリアランス
      第1日?第4日 E ・E 


■ T12プロトコール T12 protcol, Rosen, 1986
Week
Pre-operation
1 HDMTX
2 BCD

4 HDMTX
5 HDMTX
6 BCD

8 HDMTX
9 HDMTX
10 HDMTX
11 Operation

Post-operation
Grade I/IICDDP + ADR ×2 BCD×1 を3クール
Grade III/IV 術後1ヶ月間にBCD×1、HDMTX×2

副作用などによってプロトコールからはずれるものは予後が不良である
極力プロトコールにのせる
骨髄抑制に対して成分輸血を考慮
 血小板輸血 platelet 5万以下
 使用前に放治でradiationをしてもらう
 赤血球輸血 HGB 6g以下
 洗浄赤血球を使用する
 白血球 1000以下は隔離する
  ネブライザー 3回/day ポリミキシンB 3ml + アンホテリシンB 3ml + 20%クリニット 2ml
  各種抗生剤投与
化学療法の有効性の判定
 腫瘍部の表面周径(定期的に計測)
 画像診断(MRI)
 ALP(初めが正常値の数倍の場合)


1991・9・12 /S.Munesada